もぐらくんの生活(Carpe diem)

COPDを抱えて、仮想空間「もぐら堂」で日々の生活をボチボチ綴っています。

~それぞれのチケット 5~ 標準時の無い時計を持ちながら・・・

もぐらです。
はじめに、コメント・ナイス・ご訪問してくれる皆さん、どうもありがとう(^o^)//
そして、人知れずもぐらのことを心に留めて心配していただいてありがとう。

もぐら地方、昨日、今日と本当にうららかな陽射しで、つい地上に顔を出してみようかと誘われる気持ちになります。
でも、7日あたりからまた寒くなるって。油断しないで早めに地中に戻るようにしないと。\(^_^)/

このところ、同じタイトルで作品を上げていますが、当初の予定では連続ものを想定していたわけでは無くて、自分で付けてしまったタイトルに自分がついて行けなくって、逡巡してるところがあります。(ケロロ

もしストレートにタイトル通りの内容を記載するとブログの終了を迎えそうだし、側道をゆっくりと進みながら本質には言及しない(実際はすごく遠回りになりそう)形が良いのか。

未だに決めかねているという「もぐら病」状態もありまして(「もぐら病」というのは最近の研究で発見された新種の疾病でありまして、症状は特定されているのですが、原因は解明されておりません。顕著な症状としては{チンタラ・ダラダラ・不規則なモグモグ、そして、温泉につかった瞬間のほへぇ~幸せを感じてしまう状態が不必要に持続してしまう事が判明している。}があげられます。今のところ対処方法も見つかっておりません。

一部の研究者の中には、最高級のイカ・ウニ・ホタテ・牡蠣を大量に投与すると短時間症状が治まるようだと発言しているようですが、何せ特殊なワクチンと同じくらいの費用がかかるので、一向に研究は進まないというのが、実状のようです。

何か文章が級数的に題名から乖離しているような気がします。
\(^_^)/(ここでのもぐらマークもちょっと意味が不明な・・・)

「比較」という本能的な行動が、人類の生物としての不安定さの原因になっていると思います。
問題は「比較」が「比較」だけにとどまらず、実は「比較(競争)」の代替表現になっているところです。
このことは、本質的には「自然淘汰」と言うべきところをごまかして、無理矢理問題の本質を隠して先延ばしをしているわけです。人類が自然淘汰を凌駕しようとしている試みが、むしろ人類自らが自らを滅ぼしているのだと思います。
ここで、突然ですが、村上ファンドの社長の表現型を使用させて貰うと、「105歳まで生きた人見たかと言われると見てしまったんですよ。」と言うことになって、人生50年といわれた時代は、50歳が寿命と言われても何ら問題無かった。しかし、少しずつでも寿命(単なる生物的生存)が伸びてくると、「比較」がでかい顔をし出します。

なぜ、長生きが良いのでしょうか?

ちょっと微妙にきわどい側道を歩いてしまった。

西部邁氏はとても優しい人だったんだと思う。優しいと言うことは「優」れていることだから、強かったんだと思う。
もぐらは勝つ強さで無く、せめて負けない強さを持ちたいと思う。\(^_^)/

主婦の友社刊だったか、バイプレイヤーの撮影合間の1枚の写真。
 中年男が少年のように屈託無く見ている方が涙が出るくらい大馬鹿笑いしている写真。
 良い写真だよなぁ。本当に。
 笑顔に勝る美男美女はいないね。\(^_^)/